主題歌と共に振り返る60年代・モノクロ・テレビアニメの歴史③ 1967-1971

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アニメ

60年代にモノクロで放送されたテレビニメの歴史を、オープニング映像&主題歌と共に振り返るシリーズその③。

 

最終回・第3回は、1967-71(昭和42-46)年編です。

 

この時期はカラー放送も拡大していました(66年に全国視聴可能範囲が93%に)が、まだまだモノクロの受像機しかない家庭も多く、カラーとモノクロの番組が混在していました

 

しかし徐々にカラーが主流となり、60年代の終わりと共に、遂にモノクロアニメが制作されることはなくなりました。

 

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▶1つずつ動画を再生するのが面倒な方は、こちらにまとめてあります!

 

22)パーマン(第1作) 1967/TBS/東京ムービー

 


「ぼくらのパーマン」
作詞 – 藤子不二雄 / 作曲・編曲 – 越部信義 / 歌 – 三輪勝恵、石川進 / レコード – 朝日ソノラマ、コロムビアレコード

 

全54回(108話)
1967年4月2日 – 1968年4月14日 毎週日曜19:30~20:00

 

■あらすじ:ある日、「スーパーマン(後にバードマンに改編)」から変身セットを渡された須羽ミツ夫は、半人前の「パーマン」として2号やパー子、パーやんら仲間たちとチームを組み、超人的な力を発揮して悪者を懲らしめ、事故や災害に立ち向かう。

 

「オバケのQ太郎」に続く、「不二家の時間」枠で放送された、不二家一社提供番組。「おそ松くん」で力を付けたスタジオ・ゼロが、初めて藤子不二雄アニメに参加。東京ムービー(Aプロ)と交代で制作しました。

 

制作側はカラーでの制作を望んでいたそうですが、スポンサー側の資金面での了承を得られなかったとのこと・・・高視聴率番組でグッズ売り上げも高かったのに、シブチンですね・・・。

 

パーマン1号(ミツ夫)役の三輪勝恵さんの歌う主題歌はかわいく、本作の設定をわかりやすく説明していて素晴らしいですね。ちなみに三輪さんとパーマン2号(ブービー)役の大竹宏さんは、この第1作から平成の劇場版シリーズまで一貫して演じ続けています。

 

本放送時はオープニング終了後にスポンサー不二家のお菓子の山の前にペコちゃんとパーマン1号・2号が登場。「お菓子は不二家」「テレビはパーマン」「みんなで見てね!」のセリフが入っていました。

 

23)ゲゲゲの鬼太郎(第1作) 1968年/フジテレビ/東映動画

 

「ゲゲゲの鬼太郎」
作詞 – 水木しげる / 作曲 – いずみたく / 編曲 –大柿隆 / 歌 – 熊倉一郎

 

全65回
1968年1月3日~1969年3月30日 毎週日曜 18:30~19:00

 

■あらすじ:墓場から生まれた幽霊族の少年・鬼太郎がさまざまな妖怪たちと繰り広げる物語。

 

水木しげるの代表作であり、「妖怪漫画」ジャンルと妖怪イメージを確立。本作放送をきっかけに一大妖怪ブームを巻き起こしました。当初タイトルは「墓場の鬼太郎」でしたが、アニメ化に伴い改題され、徐々に怪奇色も薄まり、鬼太郎は正義のヒーローになりました。

 

当時、週刊少年マガジンでずっと読者投票の最下位だった本作を人気獲得のためにアニメ化しようと試みられますが困難を極め、編集長が友人である東映の渡邊亮徳氏に相談。結果的に「悪魔くん」の実写ドラマ化が先行し、大ヒットしたために本作のアニメ化が決定しました。後に4回のリメイク・6度のアニメ放映されるロングヒット作は、こうして誕生したのですね。

 

本作は原作のイメージから「敢えてモノクロで制作された」と言われています。それまでNET向けにアニメを制作していた東映動画が初めてフジテレビで放映したアニメ作品。

 

名曲過ぎる主題歌は当時レコード30万枚以上を売り上げ、大ヒットしました。

 

24)冒険ガボテン島 1967/TBS/TCJ

 

「冒険ガボテン島」
作詞 – 吉永淳一 / 作曲・編曲 – 山下毅雄 / 歌 – ボーカル・ショップ、杉山佳寿子 、野沢雅子、太田淑子、伊藤牧子、北川智恵子、東美江、西尾徳

 

全39話

1967年4月4日~12月26日 毎週火曜19:00~19:30

 

■あらすじ:無人島に漂着した少年少女たちの、厳しい環境の中で懸命に生きる姿を描く。

 

TBSが企画制作、TCJ(現・エイケン)が動画制作を担当。「スーパージェッター」も手がけた漫画家の久松文雄さんがキャラクター設定を担当。また、同名の漫画作品が週刊少年サンデー(小学館)で連載されていました。

 

「十五少年漂流記」をモチーフにしたサバイバル・アドベンチャーものですが、モノクロであることから再放送される機会もほとんどなく「知る人ぞ知る」作品でしたが、HDリマスターDVD-BOXで復活しました。

 

25)怪物くん(第1作) 1968/TBS/東京ムービー

 


「おれは怪物くんだ」
作詞 – 藤子不二雄 / 作曲・編曲 – 筒美京平 / 歌 – 白石冬美、今西正男、大竹宏、兼本新吾

 

全48回(96話)

1968年4月21日~1969年3月23日 毎週日曜19:30~20:00

 

■あらすじ:怪物ランドからやって来た王子の「怪物くん」と、お供のドラキュラ、オオカミ男、フランケンが巻き起こす騒動を描く。

 

前番組「パーマン」同様、不二家一社提供「不二家の時間」枠。引き続き、東京ムービーとスタジオ・ゼロが交互に制作しています。

 

本編中の登場怪物の解説及びエンディングのナレーションは、当時NET系「日曜洋画劇場」の解説で人気の映画評論家・淀川長治さんが担当。時々、実写スチルでも登場しました。

 

主題歌はなんと、筒美京平さん作曲!「カ~イ、カイカイ」の80年代リメイク版もいいですが、やっぱりこっちだなぁ。

 

ちなみに、後にカラー版「怪物くん」が作られる際、主演の白石冬美さんは藤子不二雄A先生に「自分がやりたい」と直訴しますが、結局かなわず野沢雅子さんに決まってしまいました。白石さんは「ある日、野沢さんがあいさつに来てくれたの。それまで泣き暮らしていたのがパア~っと晴れて、『野沢さんがやるならいい!』って思ったわ」と語っています。

 

26)ファイトだ!!ピュー太 1968/NET/毎日放送・放送動画

 


「ファイトだ!!ピュー太」
作詞 – ユニ・グループ / 作曲 – 萩原哲晶 / 歌 – フォア・ジェッツ

 

全26話
1968年4月6日~9月28日 毎週土曜19:30~20:00

 

■あらすじ:発明が得意な主人公・今野ピュー太が毎回祖父のツルリ博士と変わったメカを開発し、ライバル発明家のワルサー7世とその助手のブレーキと対決する。

 

ムロタニツネ象の漫画「ドクター・ツルリ」をテレビ向けに脚色した作品。反戦・水爆・米ソ・土地買収・デモ・アメコミ・サイケデリックなど当時の世相・風俗ネタや、洋画・他のアニメ作品のオマージュやパロディなどが盛り込まれ、動画をコマ送りしなければ分からないほどの激しいカット割りなど、時代を先取りしまくった作品。

 

関西地区では1970年代初頭まで繰り返し再放送されていたそうですが、他の地区ではあまり知られていない、幻の作品。1990年に行方不明だったフィルムが発見され、現在はDVD-BOXも発売されています。

 

実はこの記事シリーズ、この作品を紹介したくて書き始めましたw主題歌はGSぽくてカッコいい、萩原哲章さんの名曲。

 

27)アニマル1 1968/フジテレビ/虫プロ商事

 


「アニマル1の歌」
作詞 – 武井君子 / 作曲・編曲 – 玉木宏樹 / 歌- 朱里エイコ・コロムビアゆりかご会

 

全27話
1968年4月1日~9月30日 毎週月曜19:30~20:00

 

■あらすじ:5人の弟、妹、父と共に達磨船で水上生活をしている少年・東一郎。墨田区「河岸中学校」への転校初日、一郎は校内へ侵入してきた2頭の暴れ牛を叩きのめし人気者となり、レスリング部に入部。メキシコオリンピックを目指して猛特訓する。

 

小学館・週刊少年サンデーに連載された、川崎のぼる作品が原作。史上唯一の、アマチュアレスリング(アマレス)を題材としたテレビアニメです。番組製作はフジテレビと虫プロ商事。アニメの実制作は虫プロダクション(旧虫プロ)。

 

「メキシコめざして~」の歌詞が時代を感じさせます。

 

28)佐武と市捕物控 1968/NET/毎日放送

 


「佐武と市捕物控」
作詞 – 大町志郎 / 作曲 – 山下毅雄 / コーラス – GEMシンガーズ

 

1968年10月3日~1969年9月24日 毎週木曜21:00~21:30(後に19:00~19:30)

 

■あらすじ:江戸時代の江戸を舞台に、下っ引きの佐武と、按摩を営む盲目の市がコンビを組んで殺人事件の解決に挑むミステリー。

 

石ノ森章太郎原作、抒情的で「石ノ森先生が最も愛したアニメ作品」と言われています。東映アニメーション、スタジオ・ゼロ、虫プロと3社の制作会社が連携して制作。MBS制作アニメとしては腸捻転解消前後を通じて唯一の東映動画との作品です。後に何度も実写ドラマ化されました。

 

当初は成人向け狙いで異例の21時枠で放映されますが、半年後には19時代に変更されました。「銀河鉄道999」「幻魔大戦」の監督りんたろうの演出分野での躍進作としても有名で、実写映像を使用するなど、実験的な演出がなされています。

 

「銭形平次と座頭市がコンビを組んだら」という発想が素晴らしいですね。ロマンあふれる美しい旋律の主題歌は、萩原哲章作品です。

 

29)ウメ星デンカ 1969/TBS/東京ムービー、スタジオ・ゼロ

 


「ウメ星デンカがこんにちは」
作詞 – 藤子不二雄 / 作曲 – 鈴木邦彦 / 歌 – 石川進、杉山佳寿子

 

全26回(52話)
1969年4月1日~9月23日 毎週火曜18:00~18:30

 

■あらすじ:故郷のウメ星が爆発してしまったため地球に逃れてきた「ウメ星」の王室一家が、地球の平凡な一家に居候するギャグ作品。デンカ一家が乗って来た壷型宇宙船からさまざまな道具が出てくるアイデアは、本作の後にスタートした「ドラえもん」に活かされています。

 

「オバケのQ太郎」「パーマン」「怪物くん」に続く「不二家の時間」枠。TBS系列ですが、ネットチェンジ前のため関西地区はABCで放送されました。

 

この69年はテレビのカラー化が相当進んでおり、同時期のアニメはほぼカラーです。しかし本作もこれまで同様、予算の都合でモノクロ作品になってしまいました。悲劇。

 

 

30)どろろ 1969/フジテレビ/虫プロダクション

 

「どろろの歌」
作詞 – 鈴木良武 / 作曲 – 冨田勲 / 歌 – 藤田淑子

 

全26話

1969年4月6日~9月28日 毎週日曜19:30~20:00

 

■あらすじ:戦国時代の日本を舞台に、妖怪から自分の身体を取り返すべく旅する少年・百鬼丸と、泥棒の子供・どろろの戦いの旅路を描く。

 

本作は妖怪ブームのさ中、手塚治虫が水木しげるに対抗して生まれたと言われます。原作は1967(昭和42)年から小学館「週刊少年サンデー」で連載が始まるものの、1年ほどで打ち切りに。その後掲載紙を変えて再開され一応完結しますが、中途半端なエンディング・・・これは「不人気による打ち切り」とも「度重なるクレーム(百鬼丸の身体的表現など)に疲弊した手塚本人の意向」とも言われ、真相は闇の中です。

 

アニメは当時ほとんどの作品がカラーでしたが、内容の都合上、敢えてモノクロで制作されたと言われています。総監督は杉井ギサブロー、演出には出崎統、富野喜幸らが参加。

 

放送初期のタイトルは原作と同じ「どろろ」でしたが、14話以降は「どろろと百鬼丸」に変更。これは低視聴率への「テコ入れ」で、杉井監督はやる気を失ったそう。やむなくユーモラスな妖怪が多く登場するなど、低年齢向けになりました。

 

障害者や差別などを扱うデリケートさから地上波ではほとんど再放送されませんでしたが、カルト的な人気を誇り、後年たびたびリメイク作が作り続けられています。

 

提供スポンサーはカルピス。後の「世界名作劇場」に続く、「カルピスまんが劇場」最初の作品でした。主題歌は冨田勲さん作曲です。

 

31)もーれつア太郎(第1作)/NET/東映動画

 

「もーれつア太郎」
作詞 – 河内洋 / 作編曲 – いずみたく / 歌 – 桂京子

 

全90話

1969年4月4日~1970年12月25日

*1970年9月25日放送の第77回まではモノクロ放送、同年10月2日放送の第78回からカラー放送に

 

■あらすじ:江戸っ子気質が色濃く残る東京下町を舞台にした、人情ものの雰囲気を持つギャグ作品。ア太郎、デコッ八、×五郎(ばつごろう)、両目つながりのおまわりさん、ニャロメ、ココロのボスとその子分たちなどの個性あふれる登場人物が繰り広げるドタバタを描く。

 

「おそ松くん」「天才バカボン」と並ぶ赤塚3大ヒット作の一つ。「天才バカボン」がヒットした講談社「週刊少年マガジン」に対抗するため、小学館「週刊少年サンデー」編集部が人気トップで連載中の「おそ松くん」に次ぐ新連載を依頼したことで誕生しました。

 

ネコのニャロメ、その仲間のケムンパスやべしなどのキャラが爆発的な人気を得ました。

 

32)珍豪ムチャ兵衛 1971/TBS/東京ムービー

 

「珍豪ムチャ兵衛」
作詞 – 東京ムービー企画部 / 作曲・編曲 – 広瀬健次郎 / 歌 – 熊倉一雄

 

全49話(26回)

1971年2月15日~同年3月22日 毎週月-金曜 18:00~18:30

 

■あらすじ:徳川家が平定して間もない江戸のとある長屋に住む浪人ムチャ兵衛。豊臣の末裔であるというボケ丸という男児を貧乏ながら育て上げ、豊臣家を復興させようとする。

 

森田拳次とげんこつプロによる原作は、講談社「週刊少年マガジン」に1967年31号から1968年20号まで連載。

 

本作が「日本国内での20世紀最後のモノクロアニメ」。

 

制作されたのは1968(昭和43)年。テレビ放送のカラー化が進む中「今さらモノクロ作品は・・・」との理由でお蔵入りに。しかし3年後、殆どのテレビ番組がカラー化された中で突如、放送されることになったそうです。

 

おわりに

 

いかがでしょうか。今回は、60年代モノクロアニメを懐かしい主題歌映像と共に振り返ってみました。

 

前述の通り、この記事を書いたきっかけは、たまたま耳にした「ファイトだ!!ピュー太」の主題歌がきっかけでした(あと「アニマル1」も)。

 

1970(昭和45)年生まれの私が世代的に「曲は知ってるけど、見たことがない」アニメのほとんどは、モノクロであるが故に、再放送されなかった作品であることに気が付き、そういった「知ってるようで、実はよく知らない(見たことがない)」アニメタイトルをまとめてみよう、と思い立ったのです。

 

当初は「後にカラー化された作品は省こう」、と考えましたが、そうするとエポックな作品がなかったことになりますし、なにより時系列の流れがおかしなことになるので、可能な限り載せました。それでも載せられていない作品はまだまだあるとは思いますが、ご容赦ください。

 

そしてこうして1つ1つ、スタッフやら番組の企画意図、あらすじなどを追ってみると、その時代の背景や社会情勢、そしてスタッフの方々の当時の思いなどが垣間見えてきました。

 

初期はSFもの、そして宇宙ものが多く、これからの明るい未来に向けての期待と不安を感じました。現実社会でアポロ計画が動いていて、米ソ冷戦も激化していたことが伺えます。

 

その後、ギャグアニメ・日常ものが登場し、冒険活劇、女の子向けや時代劇などバリエーション豊かになって行きます。そしてこの後、カラー化されてからはスポーツ根性もの、世に言われるスポコンブームが到来します。

 

そして黎明期の作品は、もちろん絵柄も演出も時代を感じさせますが、なんとなく後の作品よりも素朴で味わいがあり、CG全盛の今の作品よりも「ゆかいな」アニメならではの面白さを感じるのは、何故でしょうね。

 

そして主題歌はもれなくオリジナルの書下ろしで、大人の事情のタイアップなどは一切ありません。聴いただけでどんなストーリーのお話で、何が魅力なのかがすぐに伝わる歌詞と、歌唱力も演奏も生の魅力にあふれています。何十年経っても一緒に歌える素晴らしさ。

 

戦後のベビーブームが到来し、子どもが今よりはるかに多く、世の中の「主役」だった時代。こういったバラエティに富んだアニメ作品を見て、我々日本人は戦後を抜け出し、高度経済成長を突き進んで行ったのです。

 

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