1988年、ボウイは突然のソロ終結宣言!
そして「今度はバンドで勝負する」として、ロック・バンド「ティン・マシーン」を結成します。
その狙いは明らかに「レッツ・ダンス」から続いたビッグ・セールスとゴージャスなサウンド、というパブリックイメージからの脱皮を図るため。
バンド結成にあたり、「もう過去の作品は歌わない」とボウイとしての音楽活動の封印を宣言して退路を絶ち、いわば禊のようなシリアスな音楽活動開始をスタートしました。
1989年5月、ファースト・アルバム『ティン・マシーン』をリリース。賛否両論あったものの、通な音楽ヒョーロン家から一定の評価を得ます。
■Tin Machine(1989年)
ツアーも敢えて小規模の会場を選んで行い、メンバーは全員スーツ姿、MVは常にモノクロ、と徹底して地味なバンドメンバーの一員として活動します。
ファーストアルバムで一番良かったのはジョンレノンのカヴァー「ワーキングクラスヒーロー」でしたが…。
その後バンドは、ボウイがソロ名義でワールド・ツアーを行うため活動を一時中断、1991年9月、セカンド・アルバム『ティン・マシーンII』をリリースします。
■Tin MachineⅡ(1991年)
このアルバムのオープニングチューン「BABY UNIVERSAL」はスリリングさと美しいメロディラインの久々のボウイ節で、私は大学でカヴァーしましたが、セールスも評価も大きな成果は挙げられませんでした。
結局、1992年2月17日の日本武道館公演を最後に、バンド活動は終結します。
この来日時に、なんと「鶴ちゃんのプッツン5」に出演というサプライズがあり、私はTV欄を見て目を疑いました(笑)
★David Bowie history Blog INDEX
「デヴィッド・ボウイ」①~変幻自在のロックスタァ入門
「デヴィッド・ボウイ」②~スペースオディティ 宇宙の旅
「デヴィッド・ボウイ」③~ジギー・スターダストとは何か?
「デヴィッド・ボウイ」④~プラスティック・ソウル
「デヴィッド・ボウイ」⑤~ベルリン・プログレ
「デヴィッド・ボウイ」⑥~前半まとめ&来日公演
「デヴィッド・ボウイ」⑦~レッツ・ダンス
「デヴィッド・ボウイ」⑧~ライブ・エイド
「デヴィッド・ボウイ」⑨~Tin Machine
「デヴィッド・ボウイ」⑩~ Sound + Vision Tour
「デヴィッド・ボウイ」⑪~Black Tie White Noise / OUTSIDE
「デヴィッド・ボウイ」⑫~Earthring & 中期以降のまとめ
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