【チャンネル登録者7万人突破記念インタビュー】 『くだらない』ものこそが面白い-「男のロマンLIVE!」とは何か?

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男のロマンLIVE_7万人突破 お知らせ
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【チャンネル登録者7万人突破記念インタビュー】

『くだらない』ものこそが面白い -「男のロマンLIVE!」とは何か?

TERU 株式会社Red Comet Management|代表取締役CEO

 

デジタルマーケティングコンテンツのコンサルティングを本業とし、日々クライアントの事業成長に向き合う経営者がいる。株式会社Red Comet Management代表取締役CEO、TERU氏。

名前を聞けば誰でも知っている超大手企業のマーケティングコンテンツコンサル、ライター、ディレクション業務で多忙を極めるその傍らで、彼は昭和のエポックメイキングを解析するBlogを綴り、YouTubeチャンネル「男のロマンLIVE!」を運営する。その登録者数が、このたび7万人を突破した。

投稿された動画は、270本以上。諸事情で非公開となったタイトルを含めれば、さらに数は多い。プロレス、特撮、音楽、アニメ・マンガ、世相・文化—ジャンルを絞らない、一見すると支離滅裂なそのアーカイブ・・・しかしその奥底には、本人なりの美意識が流れている気配がある。「本業で忙しいのに、なぜ?」—そして、「登録者7万人に達したこの番組は、結局のところ何なのか?」。問いをぶつけると、対話は思いがけず、一人の男の内面へと潜っていった。

 


 

率直に訊きます。本業だけでも相当な激務のはず。なのに、わざわざBlogやYouTubeまで始めた。そもそも、何がきっかけだったんですか。

確かに始めたのは、ちょうど会社を辞めて自分の会社を興す少し前のタイミングでした。ただ、そんなに深く考えてなかったんですよ。「前々からやりたかったことをやっと始めた」くらいの感じで。
(編集部注:Blogが2017年10月から。YouTubeは2020年にスタートし、一度Banされて2021年11月から現Chがスタート)

 

独立の直前に、未来ではなく過去を語るものを書き始めた。ねじれを感じませんか。

言われてみれば不思議ですかね。でも、自分の中では自然なことでした。私は子どもの頃から、好きなものとか興味のあるものを、自分の中だけにとどめておけない。誰かに話したくて、仕方がない。そういう性分なんですよね(笑)。

 

その「話したい」という衝動は、満たされてきたものでしたか。

ありがたいことに家族も、友達も、先生も、みんな面白がって聞いてくれた記憶しかなくて。無視されたとか、無反応だったとかはなかった。まあ、都合のいい記憶だけ残ってるのかもしれないですが(笑)。だから、寂しいから話したいとか、褒めてもらいたい、認められたい承認欲求みたいなのとは、ちょっと違う気がする。よく「周囲に話せる人がいなかった」とか聞きますが、私の場合は相手に興味があろうがなかろうが好き勝手に話して、相手も面白がってくれてました。もちろん、迷惑に感じてた人も、たくさんいたでしょうけど(笑)。

 

「ただ、ここが面白いんだよ、って」

では、何のために伝えるのでしょう。相手を動かしたい、議論したい、ということですか。

それがまた自分でも謎でして(笑)。別に、相手を洗脳したいとか、好きになってもらいたいとか、そういうのじゃなくて。議論とかも別にしたくない。ただシンプルに「聞いて聞いて、ここが面白いんだよ」っていう。それだけなんですよね。

 

説得したいわけでも、交流したいわけでもなく?

そうですね。なんというか、お裾分け、みたいな感じ?。自分が見つけた面白いものを、騙されたと思ってちょっと見てよ、って。

 

その「お裾分け」の対象が、なぜ昭和なのでしょう。あなたは本業ではむしろ最先端の側にいますよね?

それはそうですね(笑)。これはもう、7歳上の兄の存在が大きいですね。私は生まれたときから兄を通して、自分の歳より7年昔のコンテンツに触れて育った。同級生が知らない音楽とか、マンガ、TV、映画とか。それが普通だったんです。

 

幼いあなたに、それは完全に理解できていたのでしょうか。

いや、半分わかって、半分わからない、みたいな。でも、なんていうか—うまく言葉にできないんですけど、強いて言えば、色気があったんですよ。目の前の、同じ時代のものよりも、ちょっと昔のものの方に。

 

伝えきれない「色気」

色気、ですか。

そう、色気。なんかこう、色褪せた感じ、全部は見えない感じっていうか。なんともいえない空気感、オリジナルの気配というか。そこが色っぽかったんでしょうね。

 

いま、その昭和を「解析」して語っている。色気の正体は掴めましたか。

掴もうと思って調べて語ってはいるんですけど、その色気を十分に伝えきれてる感覚は、まだ一度もないですね。

 

伝えきれない。それは、もどかしさですか。

そうでもないですね。昭和って、もう、コンテンツの数がとにかく多くて、奥が深いんですよ。だから語り尽くせない。でもそれって、足りないんじゃなくて、まだいくらでもある、っていうことで。だから、やめられないんです。

 

その色気の核心を、あえて言葉にするなら。

シンプルに言うと、高度経済成長期の、あの熱気、ある意味で狂気みたいなものですかね。戦争っていう抑圧から解放されたクリエイターたちが、一気にビッグバンを起こした、あの時代のエネルギー。あれって、もう二度と再現できないと思うんですよ。私はたぶん、懐かしがってるんじゃなくて、あの狂熱のエネルギーに惹かれてるんでしょうね。

 

兄貴の棚に、ジャンルはなかった

チャンネルは、プロレスも特撮も音楽も入り混じっています。「ジャンルを一つに絞った方がいい」とは言われませんか。

しょっちゅう言われますよ(笑)。絞った方がわかりやすいって。でも、それはやりたくない。だって私は、一つのジャンルだけを見て育ったわけじゃないですから。

 

一つのジャンルだけを見て育ったわけじゃない、というのは。

兄貴の部屋の、本棚とレコード棚なんですよね、原点は。そこにあらゆるジャンルが、バラバラに並んでた。私はいつも勝手に、一人で好きなものを手に取って眺めていた。フォーク、ニューミュージック、ロック、まんが、劇画、怪獣図鑑、映画のパンフレット……ぜんぶ一緒くたで。自分で買ったのはプロレス雑誌くらいですね。

 

それ、チャンネルにそっくりそのまま出てますよね。270本あまりあるのを数えてみたんですけど—いちばん多いプロレスが121本で、全体の44.6%。あとは特撮33本、音楽29本、アニメ・マンガと世相・文化が20本ずつ、番組・告知19本、ドラマ・映画18本、プロ野球8本、お笑い・バラエティが3本。見事にバラバラだ(笑)。

そうですね、支離滅裂(笑)。でも結局これ、子どもの頃に兄貴の棚やTVから浴びてたものたちなんですよね。

 

「男のロマンLIVE!」のカテゴリ構成(2026年6月現在・全271本)。最多はプロレス・格闘技121本(44.6%)。以下、特撮33本、音楽29本、アニメ・マンガ20本、世相・文化20本、番組・告知19本、ドラマ・映画18本、プロ野球8本、お笑い・バラエティ3本と続く。

 

ぐちゃぐちゃであることに価値がある?

そうですね。別に戦略を見誤ってるわけじゃなくて(笑)、その記憶を数珠つなぎにして、解析してるだけなんですよ。取捨選択する必要もない。むしろ、したくない。人が大人になるにつれて捨てるものの中に、面白さを感じる性質なので。

 

いまマイクの前で語っているときは、どういう心境なんですか。

画面の向こうの、誰だかわからない人たちに、紹介してる心境ですかね。自分が面白いと思うんだし、きっと誰か面白がる人もいるだろうと。

 

“エポックメイキング”を解析する—「面白いか、カッコいいか」

「昭和のエポックメイキングを解析する」と掲げています。ただ懐かしむのとは、どう違うのでしょう。

そうですね、キーワードは「エポックメイキング」。これもやりながら見つけたテーマで。単なる懐古主義は生産的じゃない。それに、一つの作品を深く掘り下げたものならWikiも、専門のブログも、書籍も、もうたくさんある。マニア向けの、深いやつが。でも私はそれは別にやりたくない。きっと私が興味あるのは、作品そのものというより、それを創った人と、創らせた時代のほう。それまで誰もやらなかったことを、やってみたら何かが生まれた—そしてそれが後々いろんな影響を生んだ。その連鎖なんでしょうね。俯瞰で見るという。だから、「それは違う!」とか重箱の隅を突く様なマニアの指摘を受けると、「そんな細かいことは本質じゃないし、どうでもいいじゃん」と思ってしまうというか(笑)。

 

動画を観ましたが、いや、見事に節操がない(笑)。「昭和プロレス年史」をじっくりやるかと思えば、「アニメを儲からなくしたのは誰だ?」なんてタイトルで鉄腕アトムと手塚治虫と宮崎駿を論じて、プロ野球の「黒い霧事件」「江川事件」の闇を追って、「ウルトラマンレオ」を不遇のヒーローとして読み直して……「日本沈没」に「ノストラダムス」、果ては「TV局の腸捻転解消」まで。これカテゴリとして破綻してますよ(笑)。

でしょう(笑)。自分でも笑うくらいバラバラ。でも、私の中ではぜんぶ地続きなんですよ。要するに、当時はみんなよく考えずにスルーしてたけど、心のどこかで“?”を抱えてた人が、けっこういるはずなんです。「あれ、結局なんだったの?」って。それを代わりに調べて、並べて見せている。

 

ただ、題材はてんでバラバラでも、観てるとTERUさんの視線って、なにか同じ一点に向かってる気がするんですよ。作品そのものじゃなくて……人?

そうですね。バラバラなのは題材だけで、見てるのは結局いつも、それを創った“人”のほうなんでしょうね。

 

でしょうね。実際、番組では何度も同じ名前が挙がる。プロレスならアントニオ猪木、新間寿、特撮なら円谷英二、ピープロのうしおそうじ、石ノ森章太郎、平山亨。マンガなら手塚治虫。音楽なら大瀧詠一、松田聖子と松本隆、沢田研二と阿久悠、アレンジャーの大村雅朗。プロ野球なら“寝業師”根本陸夫・・・—作品の紹介ではなく、「それを創った人」の話なんですよね。

そうなんです。作品そのものより、その奥にいる人と、その人にそれをやらせた時代の熱。そこを掘りたいんでしょうね。差別化のポイントこそがエポックだと思うし。

 

プロレス、特撮、歌謡曲、プロ野球、社会事件…脈絡がないようで、何か選ぶ基準があるのですか。

突き詰めると、2つだけでしょうね。面白いか、カッコいいか。役に立つかとか、儲かるかとか、有名かどうかじゃない。人間って、誰でも二面性があるじゃないですか。真面目なだけでも、カッコつけてちゃんとしてるだけではなくて、たまにはふざけるし、どうしようもなくだらしない部分もある。私の番組も同じで、シビれるほどカッコいいやつもあれば、思わず吹き出すような、間が抜けてどうしようもなくて、そこが愛おしいのもある。両方やりたい。ただ一つだけ、下品なもの、下衆なもの、品のないものは絶対にやらない。粋じゃない。カッコ悪いから。そこだけは、はっきりしてるんですよね。

 

「男のロマン」とは何か—アントニオ猪木という原点

チャンネル名に掲げた「男のロマン」。この言葉は、どこから来ているのでしょう。

これは、アントニオ猪木の存在が大きいですね。私は昭和50年代後半からの新日本プロレスブーム直撃世代。猪木って、私の中ではウルトラマンや仮面ライダーと地続きの人でした。絶体絶命のピンチに陥って、ハラハラさせて、最後は絶対に勝つ。負ける時は壮絶に負ける。そういう猪木を指して、よく人が言ってたのが「闘う男のロマン」っていう言葉だった。

 

では、TERUさんにとって「男のロマン」とは、結局のところ何なのでしょう。

ここで彼は、自身が最初に書いたBlog記事を示した。

そこには、猪木がかつて新日本プロレスの社長室に直筆で飾っていたという言葉が引かれていた-「利害を超越して、誰もできないこと、誰もやらないことを夢として、それに挑戦する。それが私のロマンである」。

結局、ここに尽きる。役に立つわけでも、儲かるわけでもない。むしろ損するかもしれない。それを全部わかった上で、それでも本気でやってしまう。猪木はアリ戦で世界中から「茶番だ」「詐欺だ」って叩かれて、大借金だけが残った。小利口な人間なら、絶対にやらない。でも、やった。私はたぶん、そこに痺れたんでしょう。自分だったらできないよな、というか。

 

作る側、つまり猪木のように主役を張る側には、回らなかった。

いや、表現すること自体は好きなんですよ。バンドもやってるし、昔は曲も詩も書いた。いまでも絵も描くし、写真も撮る。でも、突き詰めようとは思わなかった。理由は・・・一つは、作り手として一番になれる自信がなかった。あとは—その孤独には、たぶん耐えられないな、と思ったんですよね。面白がる方が気楽だな、というか。

 

それは、諦めだったのでしょうか。

うーん、ある意味ではそうかもしれない。作り手の凄さと称賛という光と、その裏側の孤独という闇を自分なりに見たうえで、ここには行けないな、って。で、降りた先にあったのが、「あいだ」だった。作品と、人のあいだ。昔と、今のあいだ。すごいものを作った誰かと、それをまだ知らない誰かのあいだに立って、「これ、面白いでしょ」って指さす。一人で完結するよりも、何かと誰かをつなぐところにいるのが自分なのかな、という。

 

小利口になりすぎた時代への”怒り”

最初のBlog記事を読むと、定義の説明以上に、「ロマンを嘲笑う者たち」への筆が熱い。あれは、何への怒りなのでしょう。

一言で言えば、小利口になり過ぎた時代への怒り、ですかね。命懸けでやってみせても、安全な場所から「ほーら見ろ」って嘲笑う。結果を出しそうになると、今度は「どうせインチキだろ」ってケチをつける。自分は動かず、うしろ指をさす。そういうのが、許せない(笑)。

 

その怒りは、誰に向いているのでしょう。特定の誰か、ですか。

「世間」ですね。抽象的ですけど。自分は安全地帯にいて、人のすることを論評したり、小馬鹿にして嘲笑する空気。多くは、良識派と言われるオトナと呼ばれる人たち?自分では行動せず、誰かに言われたまま働いて、会社や政府の文句ばかり言う。別の言い方をすれば、他責主義な人たちですかね。

 

それはいつ頃から、許せなくなったのでしょう。独立して、すべてを自分で背負う側に回ってからですか。

いや、それはずっと昔からですね。物心ついた頃から。くだらない、役に立たない、意味がない、なんでもかんでも反対!—そう言って、そこで思考停止しちゃう人が、昔から嫌いだった。(笑)

 

「くだらない、役に立たない」。それは、あなたが愛する「ロマン」の入り口にある言葉でもありますね。

…ああ、そうか。そうですね。「くだらなくて役に立たない」けど、そこに飛び込むからロマンで、そこで立ち止まって嘲笑して、人のせいにするのが他責なのか。私が好きになってきたものは、ロックも、歌謡曲も、怪獣図鑑も、プロレスも、ぜんぶ世間が「くだらない」って切り捨てる側にあったものなんですよ。でも私は、その「くだらない」の中に、ずっと色気を見てた。

 

マーケティングのプロなら、数字を伸ばす方法もご存知のはずです。煽ったタイトルや、過激なサムネにすれば、再生数も登録者も、もっと伸びるのでは。

伸びるでしょうね、間違いなく。でも、それは絶対にやらない。下品だから。粋じゃないから。それに—これは本業でマーケティングに関わる人間が言うのも変ですけど、SNSって、数字を追いかけても、読者や視聴者は思ったようには動かないんですよ。気合を入れた動画がまったく伸びなくて、思ってもみないやつが急に伸びたりする。読みきれない。いつだったか、それでちょっと悩んでたとき、番組のスタッフに言われたんです。「もうTERUさんが好きなものを、好きなように語ればいいんですよ」って。あれで楽になりました。

 

 

「YouTuber」とは、呼ばれたくない

ところで、これ訊いておきたいんですけど。270本上げて、登録者7万人。どこからどう見ても「YouTuber」なのに、そう呼ばれるのが死ぬほどイヤ、という謎について。

イヤですね。一緒にしてくれるなよ、というか。

 

その“一緒にするな”って、たぶん理由がふたつあって。ひとつは、世間が「YouTuber」って言葉で思い浮かべるものと、自分のやってることが全然違う。そもそも、ただYouTubeっていう“場所”を借りてるだけだ、っていう。違います?

そうですかね。場所を借りて語ってるだけで、いわゆるYouTuberとは、そもそもジャンルが違うでしょ、って感覚。

 

世間が思い浮かべる「YouTuber」像って、顔出して自分が目立って、バズを狙って、再生数を競って、稼ぐ—でしょう。TERUさんが嫌うことばっかりだ(笑)。

そうそう。下品、下世話、大げさ、煽り、あのノリ—ぜんぶ違う。

 

つまり、「YouTuber」って言葉には、TERUさんがこの世でいちばん「粋じゃない」「カッコ悪い」と思ってるものが、まるごと詰まってる。だから、その看板で一緒にされるのが我慢ならない。そういうことですよね。

そうなんです。私がいちばん嫌いなものが、YouTuberという呼び名に詰まってる。だから、気持ち悪い。

 

でもまあ、しょうがないじゃないですか(笑)。世間はそう呼ぶんだし。いちいち「YouTuberじゃない」って訂正して回るのは、面倒くさいでしょう。

まぁ、呼び名なんて別にどうでもいいんですが(笑)。でも、同じくくりにされるのが、死ぬほど嫌なだけで(笑)。あの連中の仲間にはならないぞという。

 

ぜんぜんどうでもよくないじゃないですか、面倒くさいですね(笑)。さて、登録者は7万人を超えました。これからの「男のロマンLIVE!」を、どう考えていますか。

続けてると、好意的なコメントばかりじゃなくて、わざわざ不快にさせようっていうコメントも来ます。でも、まあ、好きでやってるだけでね。儲かってるわけでもない。工数とか外注のコストを考えたら赤字。こんなことしないで本業だけやってる方が、よほど儲かる(笑)。それでもやめない。くだらなくて、無駄なことがロマンですから(笑)。シンプルに楽しいし、昭和は掘っても掘っても出てくる。270本以上やったって、まだまだ語るべきもの、というより語りたいものが、ありがたいことにたくさんあります。幸せなことに(笑)。

 

— そこはシンプルなんですね。楽しくて好きだからやってる、という。

そうですね。誰かが「一歩」を踏み出したから、面白いものも、カッコいいものも、この世に生まれた。私はそれを好きで、好きなように語っているだけ。だからこれからも、好きなようにやれたらなと。それだけですね。

 


取材を終えて

 長い取材だった。そして、正直に書けば—TERU氏という人物を、一言でまとめることは、最後までできなかった。ロマンに痺れる熱さと、ズンドココンテンツを面白がる軽さ。エポックを興した一番手への敬意と、不遇な二番手を拾う優しさ。世間の小利口さへの怒りと、「好きでやってるだけ」という飄々とした構え。話を畳もうとするたび、本人に「そんなに単純じゃない」とかわされた。

 

ただ、その振れ幅の全体を通して、一本だけ、決してぶれない物差しがあった。面白いか、カッコいいか。粋か、野暮か。煽れば数字は伸びる。だがそれはやらない—下品だから。赤字でも、心ないコメントが来ても、やめない—好きだから。役に立つか、儲かるかではなく、粋か野暮かで生きること。それはたぶん、彼が昭和のあの時代に見た「色気」そのものの、現代における実践なのだろう。番組を聞きにきたはずが、いつのまにか、一人の男の内面を聞いていた。「男のロマンLIVE!」とは何か-探りつづけて行き着いた答えは、結局、TERUという人間そのものだった。まとめられない、ということ自体が、この人の生き方なのだろう。

(聞き手・構成/NetMagagine編集部)

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